An Annual Report of International Exchange 国際交流年報 第2号 2001

                           編集後記
国際交流は人に始まって人に終わるといわれているが、この「人」とは国籍や年齢や外観ではなく、その人の「こころ」であるとつくづく思った。だから、国際交流は心に始まって心に終わる、だなと思ったわけだ。
 だが考えてみると、この「こころ」はその人の国籍や年齢や育った環境をひっくるめた中から生まれてくる。しかも「人」はいくつもの「こころ」を持っているのが普通だから、アメリカ人の21歳の男性ひとりと交流しても、同時に、その人のいくつもの「こころ」と交流することになる。それは、何種類もの金属を同時に放りこんだ溶鉱炉に首をつっこんだようなものだ。思わぬ色の光を発して、火花が激しく飛びちっている。美しくもあり神秘的でもあり、しかも、それにうっとりとする間もなく、こちらにも熱い炎が燃え移ってくる。国際交流とはそういうものだ、と思った。
 『国際交流年報』第2号をお届けする。たくさんの方々から貴重な原稿をいただくことができた。執筆者の方々に心よりお礼を申し上げたい。そのひとりひとりの玉筆について編集者として感じたことを述べたいところだが、それは叶わぬ事として、一篇だけとりあげて述べさせていただく。
 雲雪峰氏の「卒業生からのメッセージ」は、読後に胸があつくなった。彼女が第一期留学生として入学した時のことをよく覚えている。初めて迎える中国からの留学生を「云雪峰ウンセツホン」と表記していた時代だった。「云」は中国でウンとよみ、「峰」はホンとよむらしい、と担任の先生が教えてくれた。じつは「云」は雲の簡体字で、中国語ではユン、日本語ではウン。「雪」は中国語でシュエ、「峰」は中国語でフォンと発音する。どうやら「ユンシュエフォン」と「ウンセツホウ」をごっちゃにして書きとめたらしい。それほど私たちにとっても新鮮な時代だった。
 日本語の文章のうまさに舌をまいた。そして内容の深さに胸があつくなった。氏の意志は単なる思いではなく、中国大使館をもまきこんで実際に動き出したようだ。春3/23には公的な発会式が開かれる。本学でも氏を支援する動きが出はじめたようだ。本学を愛する気持は、もしかすると留学生の方が、私たちより強いかもしれない。それをピシリと教えられた気がした